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政治家は国民を今殺すか将来殺すかを選ばねばならない

小佐古敏荘(こさこ・としそう)内閣官房参与(東京大大学院教授)が29日、官邸を訪ね菅直人首相宛てに辞表を提出した。

小佐古教授は福島県内の小学校や幼稚園などの利用基準で、被曝(ひばく)限度を年間20ミリシーベルトと設定していることを「とても許すことができない」と非難。特に同県内の小学校などの校庭の利用に際し、この基準を使用することを問題視し、見直しを求めた。 そうで、

「(小学生らに)無用な被曝をさせてはいけないと官邸に何度も言った。(このままだと)私の学者としての生命が終わる」と述べた。
そうだ。

これはよくわかる。
将来、小学生達が甲状腺癌等を発病したら、小佐古教授は完全な御用学者と罵られ、学者生命が絶たれるだろう。
いや、現時点でも反原発勢力から有形無形に非難を浴びているのだろう。
そもそも自分が提案する数値基準とはかなり違うのだから、個人の学者の立場としては、このまま参与でいるなんてあり得ない選択だ。
だから小佐古氏の行動は十分理解できる。

だが、政権の方はこうはいかない。
別の視点からも考える必要がある。

もし、被曝限度をこれまでの低い値(年間1ミリシーベルト)のままにしていたら、ものすごい数の人々を強制非難させなくてはならない。
そして当分は戻せない。
まだ仮設住宅は全然整っていない。
津波被害で避難所暮らしの人々はもっと膨大な数いて、そっちにも全然対応しきれていない。

原発事故関連でこれまでの数値基準を維持して住民をどんどん避難させたら、住民の行き場は、まとまった場所での仮設住宅ではなく分散され、それでも収容しきれず、複数の他県の公営住宅、賃貸住宅などを借りることになってしまい、バラバラになるだろう。
その地域コミュニティは実質的に消滅する。

普通の大人にとってもしんどいことだが、とりわけ、体が病弱な人、精神的な病を抱えている人、お年寄り、子供達などにとっては、病気が悪化したり、場合によっては死につながったりするくらいのストレスだろう。

経済的にも打撃が大きい。
地域コミュニティがなくなってしまえば、そこで商店や飲み屋などをやっていた人はおしまいである。
地元にしかない中小企業の社員もおしまいだ。
完全に一から出直しである。
家庭が崩壊することもあるだろう。
自殺者も出るだろう。

政権を担う側は、それも考慮に入れなければならない。
被曝許容値を緩めても、元のままにしても、どっちもひどい結果が予想されるわけで、悪いことを天秤にかけて、ましな方を選ばねばならないわけだ。

どっちを選んでも悪い結果が出る。
仮に、よりましな方を選べたとしても、ましな方を選んだのだということはずっとわからない。
単に、選んだ方の悪い結果に関して責められるだけだ。
それをやらされるのが為政者なのである。

参与を頼まれた個人の学者とは全く立場が違うのだ。
参与はやめれば選択の責任を逃れられるが、為政者は放り出せない。
非常時に、さらに社会が混乱してしまうからだ。

私は、左翼勢力が支配している民主党はずっと支持できなかったし、政権交代にはずっと反対だったが、こういう非常時に際して、単純に社民党の福島みずほ氏などの反原発派が要求しているような現実の状況を無視した、現政権や旧自民党政権、原発政策批判が目的の、あたかもこの機に乗じて国家を破壊してしまいたいのかとさえ思える選択は明らかに間違いだと思う。

福島氏などは極めて単純に「事故が起こったら数値を1ミリから20ミリに引き上げた。ひどい!戻せ!」と非難するだけである。
ちょっと前までは閣僚として為政者の側にいた彼女だが、閣僚の時も辺野古の問題などに関して反対するだけだった。
普天間の危険性には触れない。
辺野古には何回も行くが、普天間には行かない。
具体的な解決策は言わない。
言っても「米軍基地は海外に」などと理想論を言うばかり。
政権側についたのにずっと運動家のままだ。

この機に乗じてこの国家を壊滅させ、社会主義国家を作りたいのだろうか。
そこで初めて国家と為政者側の立場から考え始めるつもりなのだろうか。

そんな空想の世界ではなく、現実の日本の政権は、後で何のメリットもないばかりか、責められるだけであっても、国家・国民のために、相対的に見てましなルートを選ばねばならないのだ。
非常時なんだからしょうがないのである。

もっとあからさまに言えば、基準値を緩和することで何百人もの子供達が将来甲状腺癌にかかったとしても、それよりひどい状況が今すぐに出そうなら、前者を選ばねばならないのだ。
たとえそれで史上最低最悪の政権だったと教科書に載せられても。

マキャベリが「不正義はあっても秩序ある国家と、正義はあっても無秩序な国家のどちらかを選べといわれたら、 私は前者を選ぶであろう。 」 と言ったのは、そういう意味だろう。
福島氏のような表層的で運動家的な正義をいくら唱えても国民は幸せにならない。
選択的相対的な不正義はあっても、全体としての秩序という本来的正義がなされれば、大きな目で見て国民は幸せだ。
そういうことだろう。

政権を担うというのは、かくも大変なことなのだ。
政権を批判するだけで政治をやっているような気になっている運動家的政治家には想像もつかない次元なのだろう。

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