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『奥サマは小学生』問題について考えてみた

小学生を主人公にしたエロマンガ(『奥サマは小学生』(チャンピオンREDコミックス、秋田書店))について、今、えらく騒ぎになっているようで。
東京都の猪瀬副知事がその単行本をテレビで示して、あしざまに糾弾したとか。

ネットではかなり話題になっており、2ちゃんねるのニュース系の板でもこのテーマのスレがいくつか立っている。

ネットなので「表現は自由だ!」「規制は許さん!」が大勢を占めているかと思ったが、意外に賛否両論で拮抗している、というか、「これはアウトでしょ」「さすがにダメだろ」の方が多いかも。

ざっと見て、一番多くて常識的な意見は「ゾーニングの問題でしょ」かな。
ちゃんと成年コミック指定にして子供が手に入らないようにしていないからダメ(していればよい)、というもの。
今回問題になったマンガは青年誌に載っていて子供でも買えてしまう。

私個人の意見はそのどれでもない。

この作品は、エロに関してタブー観のゆるい日本社会が生んでしまったとても中途半端なエロマンガだと私は思う。
作者自身、「これはギャグマンガ」だと言っている。

このテーマなら、もっと深くてもっと突き抜けたエロ表現が可能なはず。

でも、本当にエロい、とてつもなくエロいマンガ表現は、今の日本のようなエロタブーのゆるい国では極めて生まれにくいと思う。

日本では、ゆるいエロタブーの中で、出版社主導で気軽に売れ線狙いの商品化がなされ、出版社も作家も中途半端に商品用の自主規制をして中途半端なエロマンガになってしまう。

もちろん、エロマンガを描くマンガ家さんたちがそれを生業にしていることに何の異存もないし、今のエロマンガが商品としてレベルが低いとは思っていない。

ただ、私は、本当にエロいエロマンガは、表現の不自由の中で隠れて必死にアングラ界で描かれなければ生まれ得ないと思っている。

エロタブーがゆるい方がすごいエロ作品がどんどん出てくると思うだろうが、逆だ。
ゆるいとエロスに対する緊張感がなくなり、ゆるいエロ作品しか出てこない。

エロはエロタブーの強い世界で反倫理的に描かれてこそ本物の隠微さを放つ。
読む側も、そういうものを隠れて必死に入手するから、最高の隠微さを受け取れる。

そういう意味では「成年コミック指定」というゾーニングはある程度のエロ生み出し効果は持っていると思う。
だが、これだって、子供がどうやっても手に入らないようなものではない。

大人でも入手困難で、子供だとよほどのことがないと読めないような(読んでるのを見つかったらとんでもない罰が下ると思ってしまうような)ゾーニングがなされるべきである。
つまり、タブーという倫理観ゾーニング。

タブーの中でエロ作品を入手した時の突き抜ける興奮を味わう機会は今の日本社会にはない。
それどころか、生身のセックス自体がとても軽くなっている。
若者は十代にしてセックスをゲームのように楽しみ、たいしたエロスではなくなってしまっている。

このままじゃ男達がどんどんインポになるぞ。
「草食系男子」とかあんなの、社会にエロタブーがなさ過ぎて逆にエロスが薄まり、去勢されてしまった男子じゃないの?

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