« たけくまメモに相変わらず疑問を感じた | トップページ | 有吉九段は絶対に引退か? »

マンガ家は〆切りがないと走れない

昨日の夜までまんがズキュン3月号(2月15日発売)から新連載になる『実在ガキんちょ日記』 の作画をしていたのだが、下描き開始からパソコンでの仕上げ作業終了まで計6日もかかってしまった。

6ページなら、昔は2日で上げていた。
と言っても、2日目はアシさん2人が来て背景と仕上げをやってくれていたわけだが。

それでも、自分1人だと3倍の時間がかかるというのはおかしい。
せいぜい4日で上げないと。

理由はわかっている。
作画に時間が取れすぎるからだ。

今、連載の仕事は月刊の「本ゆ」と「ズキュン」、それに中日新聞だけである。
月産で最大14ページ(換算)くらい。
スケジュールがつまっていた頃は最大で50ページ近い枚数を描いていた。

今はアシさんなしでも十分1人でやれるページ数。
時間が余ってしまうくらいであり(そうでないと営業用の原稿が描けないが)、本来持っている作画作業の底力が出ないのだ。

多くの連載マンガ家がそうなのではないだろうか。
次々と迫り来る〆切りにケツを叩かれることによって潜在能力をフルに発揮する。
逆に言えば、〆切りに追われないと(何かでひっ迫しないと)人間は最大限の力が発揮できない。

そもそも〆切りに追われるマンガ家のスケジュールが人間離れしているという見方もできるが、週刊連載や、週刊でなくても複数連載をこなすマンガ家のほとんどは、このような、あたかもマラソンのオリンピック候補が代表選考会で走るような状況下で力を発揮してきたのである。

42.195キロを自分1人だけで走ったら、自己ベストに近い走りはとてもできないだろう。
練習で走る時も伴走者(競技仲間)がつく。
あるいはコーチが自転車や車で並走して檄を飛ばす。

アシスタントを5〜6人以上も使って同じ事務所で作画作業する売れっ子マンガ家はさしずめペースメーカーをつけて世界最高記録を出すQちゃんみたいなものか。
それを毎週やるのだ。

どうりで、大御所のマンガ家先生たちが皆60歳あたりでバタバタ死ぬわけだ。

マンガがネットで個人配信中心の時代になり、今の出版社システムがなくなったら、上記のようなマンガ家の仕事状況は一変するだろう。

個人配信だから、誰かから強制される〆切りはない。
皆、自分のペースで描くようになる。
マラソンではなく、1人で走るジョギング。
ストイックな人はマラソンに近い走り方をするかもしれないが、ごくごく少数だろう。
皆、単行本1冊分描くのに1〜2年くらいかかるに違いない。
それでもかなり早い方で、出版社経由のプロマンガ家体験を経ていない人達だと、最初の1冊に5年も10年もかかってしまうかもしれない。

絵や話の作り方をもっと練習してから出せばかなりの作品になるのに、載せたくてしょうがなくてフライングする者も大勢出るだろう。

刹那的に目立てばいいやといきなりストーリー展開でダッシュして一気に息切れ、尻切れトンボで作品のゴールにたどり着けない者も大勢出るだろう。

キャラは描けるが、背景や仕上げの技術がわからず、修行をしたくても(〆切りがなくなってアシを使う人が激減して)アシ先がなく、出したアイデアやストーリーを商品レベルにできない人もたくさん出るだろう。

あるいは、背景のほとんどが写真→デジタル処理のものとなり、例えば青木雄二のような独特な味のある背景のマンガは生まれにくくなるかもしれない。

また、絵はやたらうまいが話がさっぱりわからないマンガが大量に生まれるだろう。

また、話も絵もうまいが、1本ヒットさせて儲けたら、その人は当分描かなくなるか、それでやめてしまうだろう。

一本大ヒット作が生まれたら、それのモノマネ作品が大量に横行するようになるだろう(今でもその傾向があるが、その比ではない)。

また、基本的に1人で描いて1人で評価を受けて1人で悩まなければならなくなるので、描いたものをレビューサイトや2ちゃん等で叩かれて一気にめげてリタイヤする者もたくさん出るだろう。

マンガだけでは食っていけるだけ稼げず、マンガ家が職業として成り立たなくなり、マンガ家を目指す人間がどんどん減って、マンガ界はごく一部の人を除いて全くの趣味世界と化すかもしれない。

このように、マンガの完全な個人ネット配信時代については、私は良くないイメージばかり出てくる。
個人的には自著に絶版作品が多く、「どうしたら買えますか?」という問い合わせがしょっちゅう来る私としてはアマゾンなどのシステムには期待しているのだが、マンガ界が砂漠になるようでは困るのだ。

アマゾンの印税70%のニュースが出てから、ちまたでは「出版社が中間搾取する時代は終わった」みたいな反応が出ているが、これまでの紙メディアの流通システムを考えれば、多くのマンガ家は搾取されてきたなどとは全然思っていないだろう。

大手出版社の社員編集者に限れば確かに高給取りだが、その数は少なく、多くは編集プロダクションの派遣社員だ。
中堅以下の出版社だと正社員でも公務員の給料くらい。
紙メディアだと印刷・製本や流通、在庫管理で多くの経費がかかるのは当然であり、これは中抜きでも何でもない。
それに、マンガ家は中ヒットを飛ばせば大手社員編集の収入を(一時的にせよ)抜くくらいは稼げた。

前のエントリーでも書いたように、アマゾンの70%は単純なショバ代であって、そこからマンガ家はこれまで企業出版社がやってくれていた様々な作業を時間と金を使って自己責任でやらねばならず、もしネット配信で出版社が30%超の印税を出せるなら、多くのマンガ家が出版社の方を選ぶ可能性大である。

今、出版社が恐れているのは、現在大当たりしているマンガ家達がいきなりこぞってアマゾンでの配信に移ってしまうことだろう。
例えばワンピースの作者もバガボンドの作者も著作権的にはそれが可能であり、そうなれば大打撃だ。

私が心配しているのは、紙メディア時代→ネットメディア時代における過渡期のうねり、大波に、出版社という船の船体がもたずに沈没してしまうことだ。
日本全体を襲う未曾有の大不況と重なっているだけに怖い。
うまく操舵して大シケを乗り越え、未曾有の大漁が見込める広大な漁場にたどり着いてほしいものである。

| |

« たけくまメモに相変わらず疑問を感じた | トップページ | 有吉九段は絶対に引退か? »

マンガ業界」カテゴリの記事

トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: マンガ家は〆切りがないと走れない:

« たけくまメモに相変わらず疑問を感じた | トップページ | 有吉九段は絶対に引退か? »