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ヒミツの裁判員

裁判員候補になった、とブログに書いたら法律違反になるそうで。
家族や会社の上司などに言うのはいいが、公にしてはいけないそうだ。

裁判員、ぜひやってみたいと思っている。
裁判を生で体験できるなんて、興味津々、目ン玉ギラギラである。

そして、当然、それをマンガに描きたい。『よしえサン日記』で体験記を描きたい。

もちろん、具体的な中身は描かない。人の名前はもちろん、どんな事件だったかなどの守秘義務を破るつもりはない。

でも、裁判員になったこと自体や、裁判員制度による裁判がどんな流れで行われるのか、あるいはその雰囲気や感想くらい描いてもいいのではないか。
さらに、その時の裁判官や裁判所職員などから感じたイメージなども描きたいが、描くと何か問題があるんだろうか。

むしろ、公益という観点から言えば、そういう実際的な感想がどんどん出てきた方が、裁判制度を国民が自分たちのものとして意識しやすくなるんじゃないだろうか。

これまでにも模擬裁判という形で実際に行われ、その様子は国民に伝えられてはいるが、ああいうのは元々見せる前提でやっているので、優等生的に執り行われていたかもしれないし。
裁判官や検察官、弁護士、裁判員、被告人などが本音や感情をむき出しにする場面だってあるだろうし、そういう実態を我々は知りたいし、知っておくべきではないだろうか。

そもそも、秘密にしなければならない理由は、裁判員自身が後で不利益を被らないようにという配慮からだそうだ。だから違反した場合の罰則もない。

しかし、本当の理由は裁判官達が国民に批判されたくないからじゃないか?

裁判官には世間の常識をよくわかっていない人が多いのではないか?という声が昔からある。
例えば、最近で言えば、電車の中でケータイを使っている女性に注意した男性が、その女性からいきなり痴漢扱いされて逮捕された事件があった。刑事では不起訴になったが、男性が女性に対して損害賠償請求のために起こした民事裁判では、裁判官が「男性は痴漢をした」と認定してしまった。
その理由は「普通、女性はケータイを注意されたくらいで相手を痴漢冤罪に陥れたりはしない」というものだった。
これは「人間は他人を逆恨みで陥れるようなことはしない」と言うに等しい考え方だと思う。

きっと、こんな世間知らず、常識知らずの裁判官はけっこうな数いるに違いない。

司法試験に受かり、さらにその中でも特に成績優秀な者が検察官や裁判官になれると聞く。
しかし、司法試験で人間は磨かれるのだろうか。
むしろ、勉強勉強の毎日で、しかも法律的な思考ばかりが磨かれ、人格的には疲弊するんじゃないの?といった疑念すら沸いてくる。

というようなことをブログ用に書いていたら、テレビの「ミヤネ屋」で裁判員制度が話題になっていて、映画監督の崔洋一氏が大反対していた。その理由は主に、「裁判にその時の世論の傾向や庶民感情などが反映されてしまうおそれがある」(大意)だった。

それは良くないことなのだろうか?逆に、死刑になるかもしれないような社会的に重大な事件において、その時々の世論や庶民感情が反映されないような裁判って変じゃないか?

崔氏は、何か理想的な、完璧な理性に基づく法理念みたいなものが存在していて、常にそれだけに則って裁判が行われなければならないと思っているのだろうか。

いや、多分それが法曹界の基本理念でもあるのだろう。裁判官も検察官も弁護士の多くもそう考えていて、そういう理念がないと(またはあるように見せないと)司法試験には受からないのだろう。

だが、誤解を恐れずに言うが、私は裁判というものは、その時の国民が、その社会にそのまま存在していてほしくない人物に対して、みんなでよってたかって責め立てて(一時、あるいは永遠に)排除するためにあるんだと思っている。
変な言葉だが「国民による私刑」が裁判と刑罰だと私は思う。それが、人間によって作られている「社会」というものが持つ普遍的な性質のひとつではないのか。

近代理性に基づいた法理念とやらは、過去に西洋において、一部の頭のいいエリート層が意図的に作り上げた理想であり、それは法治国家を運営していく上での手段に過ぎないと思う。
それを基本に据えて裁判制度が運営されていくことにはとりあえず異論はないが、だからといって、裁判において非理性的な庶民感情なんか入り込んではいけない、などと言うのは本末転倒である。
理想だけではいろいろと問題があるので、ごくごく当たり前の庶民感情を裁判に生かそうとしたのが、裁判員制度導入のそもそもの目的ではないのだろうか。

裁判官も検察官も弁護士も、みんな庶民を常に意識すべきである。
したがって、過剰なまでの守秘義務を課すべきではないし、それでは裁判員制度のメリットは半減してしまうと思う。
批判されたくないのなら、隠すのではなく、見せて意見を採り入れて、批判されないような裁判制度を目指すべきだ。

と、こんなことをブログに書いてると、裁判員候補にはなれても、あるいは指名されて面接までは行っても、裁判員には選ばれないかもしれないな……。

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