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2008年11月

渡辺竜王が大逆転で踏みとどまる!

ものすごい戦いだった。
もう全然ダメというところまで何度も行ったのに絶対あきらめずにとうとう逆転した。
羽生さんが勝ちを読み切った時に出る手の震えを2度も止めてしまった。
おめでとう!渡辺竜王!
これは絶対流れが変わったと思います。
渡辺ニョーボもすごかった!

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病名が変わった

肩の治療のその後の経過をメモっておきます。

相変わらず、リハビリで個人経営の整形外科に週1〜2回のペースで通っています。
職業上、時間が最も貴重なので、治療のために定期的に時間を費やすのは肩の痛みより痛いです。

治療の内容は首の牽引と、首・肩への電気治療、理学療法士によるマッサージ・運動療法(走ったりの運動をするのではなく、腕、肩を療法士が動かす)。だいたい1時間くらいかかります。費用は1回800円ちょっと。

担当医の勧めに従って首のコルセットを作りましたが、どうも私の首の症状から言って、支える方向が逆なのかも。逆になってしまう原因は私自身にあって、どうも猫背が一番の問題のようです。そこで、猫背矯正ベルトを……。
詳細は今月末発売の「本当にあったゆかいな話」誌連載の『実在ニョーボよしえサン日記』に描きましたので、興味のある方はお読み下さい。

現在、使用している薬はノイロトロピンとロキソニンテープ。ロキソニンテープは血行抑制作用があり、頭に近い位置である肩に貼るので、壮年性脱毛を促進するのではないかと心配しましたが、このブログを読んで下さっている現役の医師の方からメールで、ロキソニンで脱毛というのはほとんど聞かないというご指摘をいただきました。

私の場合、これまで、痛みがひどくて範囲も広い時には、いっぺんに2枚貼ったりしていたので、使用限度を超えていたのかもしれません。
いずれにしても、ロキソニンと脱毛現象は基本的にはつながってはいないようですね。私が気にしすぎなのかもしれません。

今は、ロキソニンテープは1日1枚を限度に、すごく痛みが続く時だけ貼っています。同時に、リゲイン2%も頭頂部に塗ってます。一時期、やけに抜け毛が激しいなあと感じたのですが、今は戻っている感じです。

ノイロトロピンは正直、どの程度効いているのか実感がありません。でも、この1ヵ月で少しずつ痛みは減ってきているので、これが理学療法によるものなのか、ノイロトロピンやロキソニンテープの効果なのか、よくわかりませんが、もうしばらくはノイロトロピンを飲み続けたいと思います。副作用がほとんどないので、飲むのが苦にならないというのもあります。

ところで、今のリハビリ医院の勧めでMRIを撮ってから、私の病名が変わりました。これまでは「肩関節周囲炎」いわゆる「四十肩・五十肩」(自称「マンガ家肩」)だったのですが、現在の病名は「頚椎性神経根症」です。やはり、頚椎の狭窄がかなりあるので、こっちの病名になったようです。

先日、リハビリ医院に紹介状を書いてくれた公立の大病院にも久しぶりの診察を受けに行ってきました。2ヵ月前に予約を取っていたからです。何で2ヵ月開いたかというと、担当医が海外出張していたから。
診察してもらい、症状が軽減しているので担当医も安心していました。

本当は、もう公立病院のほうは行くのをやめようとも思ったんですよね。リハビリ医院の方で薬ももらえますし。

なんで行ったかというと、前々回に公立病院の診療で、ヒアルロン酸注射をいっぺんに2本打ったことになっていて、料金も倍取られていたからです。どうやら、病院のコンピュータシステムにエラーがあったようで、前回診療時にそれを病院側に告げたら、返金手続きは次回の診療時(2ヵ月後の今回)にということになったのです。だからどうしても行かざるを得ませんでした。

前回の会計担当の職員の対応はちょっと疑問の残るものでした。その辺のいきさつも今月の『実在ニョーボよしえサン日記』に描きました。そこからどうなったかは来月末発売号に描きます。

なにしろ早く肩の痛みが消えてほしいものです。マンガのネタにはできますが、ちっともうれしくないので。

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『実在ニョーボよしえサン日記』3巻カバーデザイン出来上がり

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『実在ニョーボよしえサン日記』3巻のカバーデザインが上がってきました。
文句なしの仕上がりでとても満足しています。

今回のカバーイラストは『よしえサン』2巻を元にしました。
あの頃は夫婦2人でした。あの頃もとても楽しかったけど、今はこんなに子供が増えて、もっと楽しいです、という気持ちを込めました。

発売は12月17日です。
まだ、中身の初校の写植や絵の修正作業が残っていて、今日明日とかなり忙しいですが、しっかりやりたいと思います。

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永井均氏への反論

いつか機会があったら、ちゃんと反論したいなと思っていたことがある。
もうだいぶ経ってしまったので、「何を今さら」って感じだろうが、せっかくブログを立ち上げたことだし、書いてみる。

哲学者永井均氏の『マンガは哲学する』という本に関してだ。
アマゾンで調べたら、この本が出たのは2000年2月なので、もうずいぶん前だ。

当時、ファンの人からメールをもらい、この本の中で私のマンガが(というかマンガ家としての私が)けなされているということを知った。そこで、書店に行ってまずはその部分を立ち読みしてみた。結局、(ムカついて)買わなかったので、以下は立ち読みした時の記憶で(それとアマゾンの「商品の説明」の文章を参考にして)書く。

アマゾンにある「「まえがき」より抜粋」によると、
「私がマンガに求めるもの、それはある種の狂気である。現実を支配している約束事をまったく無視しているのに、内部にリアリティと整合性を保ち、それゆえこの現実を包み込んで、むしろその狂気こそがほんとうの現実ではないかと思わせる力があるような大狂気。そういう大狂気がなくては、私は生きていけない。その狂気がそのままその作者の現実なのだと感じたとき、私は魂の交流を感じる。それゆえ、私がマンガに求めているものは、哲学なのである。」
とある。
この永井氏の考え方に基づき、「「哲学の大問題」を45の作品を題材に、面白い哲学の第一人者が解説する」というのが、この本の主旨なのだろう。

で、45の作品の中に吉田戦車の『伝染るんです』が採り上げられていた。
たしか、「吉田戦車のマンガの中には狂気がある。作者自身は意識していないが、マンガが自然に哲学している」みたいな感じでほめていたと思う。
これには私も同意だ。私も吉田戦車のマンガが好きで、『伝染るんです』は毎週スピリッツで楽しみにしていた。

でだ、永井氏はその吉田戦車の無意識に作品からにじみ出る哲学性を評価するために、対比として私の『気分は形而上』第1巻の中の4コマの1本を引き合いに出していた。添付した「即自存在とは?」がそれである。

これへの永井氏の評はたしかこんな感じだったと思う。
「哲学科の学生のレポートのレベル。全く哲学していない。いかにも哲学っぽく見せているが、あざとくて安っぽい作品」

ひどい言われようだなあ、と思った。
批判されるのはいい。どんな酷評でも、それが的を射ていれば、「くそー」とは思うが、発奮材料にはなる。

でも、この批判は、これ自体が実にあざといやりかたであり、永井氏は全然わかっていないな、と思った。いや、多分、わかっていて、吉田戦車をほめるための単なるわかりやすい対比材料として私のマンガを利用しただけなのだろう。

「即自存在とは?」は最初から「哲学をマンガの題材に使おう」としたものである。
あの作品は私が1984年冬にモーニングで連載デビューしてから4回でいったん打ち切りになるまでに描いた、多分プロになって10本目以内くらいのものだと思う。(その3ヵ月後に同じタイトルで再新連載となった。)
福井から名古屋に出てきて公務員をやりながら、とにかくマンガ家になるために、何か自分の売りはないかと探していた。しかし、売りといっても、何か特殊な人生を歩んできたわけでもないし、突飛な体験とかもない。ほんの少しだけ珍しい(珍しくもないが)経歴といえば、大学の哲学科卒くらいのものだ。

売りになるかどうかもわからないが、マンガの題材に哲学を取り入れてみようと思った。
「マンガで(自然に)哲学する」のではなく、「哲学をマンガにする」というのを狙ったわけだ。その頃はそういうマンガはメジャー誌ではほとんどなかったと思う。

そりゃ、理想は、「マンガで(自然に)哲学する」だ。私もマンガ家になるなら、一生かけてそんな作家になりたいと思っていた。でも、それはいっぺんに達成できるものではなく、しかも作家が意識してできるものでもなく、読んだ読者が感じるものだ。

私があの頃、狙ったこと、やったことは、例えば「会議室芸人」がテレビや舞台デビューを目指して必死に自分の売りを見つけること、アピールすることだった。まずはそうしないとマンガ界に混ぜてもらうことすらできないじゃないか。そのための手段が、大学でかじった哲学だった。
おかげさまで作品は編集者の目にとまり、名古屋からのマンガ賞投稿で一度も編集者と話したことがないのにいきなり佳作に入賞することができて、そのまま連載までいただけた。

「即自存在とは?」は85年の1月あたりに考えて描いたものだと思う。吉田戦車の『伝染るんです』はもっと後だ。85年頃のスピリッツは私の記憶では高橋春男の『ブラック&ホワイト』か相原コージの『コージ苑』あたりじゃなかったかな。『伝染るんです』は90年代ではないだろうか。

なんで、わざわざ5年以上前の、それも私が駆け出しの頃の作品である「即自存在とは?」1本だけを持ってくるのか。2000年には私もそれなりに作品数があったわけで、哲学の本で批評の対比材料として私というマンガ家を使うなら、せめて『気分は形而上』全19巻や『非存在病理学入門』くらいは読んでからやってほしかった。
永井氏はそれでも「即自存在とは?」1本だけを引き合いに使っただろうか。

自分の名誉に関わることなので、あえて手前味噌で言わせてもらうが、最初から意図したわけではないのに結果的に作品が自然に哲学した、という作品は私にだっていくつかあると自負している。例えば2000年当時で言えば、『気分は形而上』の中の「けつちゃん」や「うしとり」「ゴキちゃん」「実在OL」「榎田君」「元木君」などのシリーズ、『非存在病理学入門』の中の「OL社長」や「愛しのコピ代」シリーズなど。
実際、上で引用した「まえがき」抜粋のような感想を読者の方々からもけっこういただいた。

推測だが、永井氏は『気分は形而上』の1巻の最初の方しか読んでおられなかったのではないか。タイトルに「形而上」なんていかにも哲学ぶった言葉が入っているし、著者の経歴には哲学科卒とあるし、これ、悪い見本に使ってやれ、程度の使い方をしたのではないだろうか。
ちゃんと読んでいただいた上で「魂の交流を感じ」てもらえないとすれば、それはしょうがないことだが、なんかあの批評(の引き合い)の仕方は納得いかないのである。

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『けつちゃん』カバーデザイン

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『けつちゃん』単行本のカバーデザインが上がってきました。
いつものあったかい色使いで、とても満足しています。

巻数の表示がないのは全1巻だからです。
本当はもっともっと続けたかったのですが、実はこの11月一杯でネット掲載誌の「ピテカントロプス」がなくなってしまいます。
単行本も出ない可能性が高かったのですが、担当さんが直接販売に掛け合ってくれて実現しました。もう、お世話になりっぱなしです。どれだけお礼を言っても足りません。

1巻だけですが、中身はたっぷり詰まってます。
当初予定していた絵本コミックスの1冊あたりの分量の5倍は話が入っています。
(添付画像では定価が1,600円になってますが、これはダミーで、実際の定価は840円です。)

カバーの折り返し部分にはカラーで描き下ろし4コマを載せました。
また、カバーを外すと、本の表紙に隠しマンガがたくさん載っています。

毎回、かなりの時間を使って話を考えました。ギャグもたくさん入ってます。
このマンガを読んで、誰でも持ってる自分の「けつちゃん」を見つけていただければうれしいです。

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マスコミは「世論」か?

時事ネタ4コマを描いているので、ほとんど1日中、テレビのニュースをハシゴして観て(聞いて)るけど、どこも麻生政権の経済政策をこれでもかと叩いている。
特に「ワイド!スクランブル」とか「スーパーJチャンネル」「報道ステーション」「NEWS23」あたりはキャスターもコメンテーターも「中立」とか「客観報道」なんて概念は存在しないかのように、とにかく麻生と与党政権をひたすら非難する。

たしかに「定額給付金」はその給付の仕方で迷走しているし、年内に法案も通せないようじゃ緊急経済対策にならないじゃないかという指摘は正しいと思う。

「麻生総理は本当に国民生活について真剣に考えているのでしょうか?」などとマスコミは責める。

でも、マスコミも本当に国民生活について真剣に考えてるんだろうか?時の経済政策に対して口を極めた非難を連続していたら、国民の経済行動、消費行動は落ち込む一方じゃないだろうか。もう少し、マスコミも自分たちの負の影響力について考えてみてほしい。

アメリカのせいでとにかくひどい経済状況になっている、すぐに何か経済対策が必要だ、手早い方法で国民に現金配っちゃおうというのは、そんなに悪い方法なんだろうか。非常事態において即効性のある方法ってこんなもんだろうと私などは思うが。

給付の仕方も「全世帯に配る」でも「富裕層には受け取りを辞退していただく」でもどっちでもいいと私は思う。早けりゃこの際何でもいい。だいたい、マスコミが給付方法について最初からやたら突っつき回すもんで政府も迷走するんだよな。与謝野がなんか反対意見を言った時も「閣僚の中にはこういう意見もある」程度の客観報道に努めればよかったのに。

あと、「自治体に丸投げした」「自治体が事務作業で大変だ」みたいな批判もなんか変だ。
別の問題ではさんざん地方分権を訴えたり国主導の中央集権体質を批判したり、あるいはサボリ体質の公務員を叩いてるくせに、今回はまったく逆の論調になっている。

また、「定額給付金に関して国民の60%は反対している」という世論調査の結果をマスコミは突きつけるが、本当に6割の国民が単純に「そんな金いらねえ」って言ってるんだろうか。アンケートの際に「給付の仕方に問題があって政府は二転三転している」とか「3年後の消費税アップが待っている」といった刷り込みをした上で聞いてるんじゃないか?

単に「経済状況が大変なので、緊急対策として国民1人当たり1万2千円、18歳以下の子供には2万円ずつ配る政策を麻生総理が打ち出しました。あなたはほしいですか?いりませんか?」と聞いたら、みんな「ほしい」って言うんじゃないの?
そんだけもらえば、もらった人の半数以上は消費に使うだろう。それなりに経済対策になりそうだけど。

なんかもう、マスコミはゴチャゴチャと政府にイチャモンつけすぎだと思う。
定額給付金を「選挙対策だ」とマスコミは非難するけど、マスコミのしつこいネガティブキャンペーンも、実は次の選挙を早くやらせて政権交代や政界再編がらみで盛り上げて、新聞の売り上げを伸ばしたりテレビの視聴率を上げたいという「選挙対策」じゃないんだろうか。
それと、「自分たちは政権に対して影響力を持っているんだ」というおごりはないだろうか。

どうもマスコミは「世論」を自分たちで作り出そうとしているような気がしてならない。特に上で挙げた報道番組。
「視聴者の皆様にニュートラルな位置から判断していただく」という姿勢で中立・客観報道に努めてもらえないだろうか。それができないなら、「サンデ-プロジェクト」や「朝まで生テレビ!」「TVタックル」みたいにいろんな角度の論者を集めて討論させたらいい。(こういう番組もあるからテレビ朝日は嫌いじゃない。というかすごい会社だな。)

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まだまだわからんよ

昨夜は竜王戦第3局の2日目だった。
結果は渡辺竜王が負けて、挑戦者羽生名人の3連勝。
7番勝負なので、あと1つで羽生名人の竜王位奪取、初代永世竜王位資格者の誕生となる。

将棋の内容は渡辺竜王の完敗だったようだ。私のようなヘボにはギリギリまでどっちに転ぶかわからない接戦に見えたが、渡辺竜王にとっては「内容が悪くて申し訳ない」将棋だったようだ。普通はもう一泊してから帰るものだが、竜王はその日のうちに最終の新幹線で家路についた。叩きのめされた心を癒すのは家族だけだ。すごく気持ちがわかる。

プロの将棋界ではまだ一度も3連敗の後の4連勝というのはないらしい。
だから、渡辺竜王の防衛は限りなく難しくなったと言えるのだろうけど、ここからはとにかく次の1戦に集中して、怒りで指してほしい。

怒りは誰かに向けた怒りではない。とにかく無性に怒る。とにかく一手一手怒る。
「ふざけんな!」「誰が負けるか!」「終わるもんか、死んでも終わらん!」「ふざけんな!くそっ、ふざけんな!」
一手一手、無意識に駒を盤面に打ちつけてしまうような、鬼気迫る、妖気漂う怒り、そういう怒りをずーーっと保ち続けたら、ひょっとしたら、気づいた時には天童で指してるかもしれない。(天童は第7局の場)

この竜王戦は戦前から空気が徹底的に羽生寄りだった。羽生の永世七冠を皆が望んでいて、主役は明らかに羽生、そんなタイトル戦になっていた。
でも、3連敗した今、ここからは1戦1戦、ギャラリーは五分五分で感情移入するようになったと思う。思えなくても思え!

3勝3敗のタイになったら、もう、ギャラリーの空気は本当に五分五分になるぞ。絶対なる。
そこまで怒りを発揮し、持続してくれ、渡辺竜王!

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文民統制は方便である

例の田母神氏の問題。
「こんな思想の持ち主が空幕長になれてしまう自衛隊は組織として非常に危険だ。これじゃシビリアンコントロール(文民統制)は機能し得ない」みたいな意見が野党やマスコミから噴出している。

でも、本当にイザという事態になった時、この「文民統制」ってやつは日本の国民にとってプラスに働くのだろうか。

「文民統制」というのは、基本的な部分を大ざっぱに言ってしまえば、「憲法九条の専守防衛思想を厳守し、先の大戦時のような軍部の独走を許さず、軍人の行動は一般国民がコントロールしなきゃいけない、という考え方だろう。

これは一見当たり前の考え方なのだが、じゃあ例えば北朝鮮でクーデターが起こって、将軍様や幹部がヤケクソになって周辺国に向けて核ミサイルを発射しかけたらどうする?

衛星で上から見ると、もう明らかにミサイルを設置し、燃料を注入している、というような場合、今の日本は1発こちらの領土に被弾しない限り、こっちから先に攻撃はできない。専守防衛だから。
いや、被弾してもそれが山の中とかで、人的被害も少しはあったけど重大な被害ではない場合、即反撃の断を下すにはシビリアンコントロールが足枷になるかもしれない。実際、誰が総理大臣や防衛大臣でも、すぐさま反撃の命令を自衛隊に下せるだろうか。

また、逆に、いきなり東京のど真ん中に飛んできたらどうなるのか。1発で日本の指揮命令系統がなくなってしまうかもしれない。
この場合は、北朝鮮が発射する前にミサイルを発射台もろともこっちのミサイルなり空爆なりで破壊できるのか。できないだろう。専守防衛だし。

たしか自衛隊はその手の攻撃用ミサイルは通常配備してないはずだし、空爆に行く命令も出せないだろう。
アメリカ軍がやってくれる?そんなのわからないじゃないか。
だから迎撃システムをアメリカから買って配備した?うまくミサイルに当てられなかったらどうするの?

こういう場合、田母神氏のような思想の指揮官や隊員が必要なんじゃないだろうか。
後で処罰され、それこそ退職金など一銭も出ない懲戒免職になり、しかも刑務所に入れられるかもしれないが、国民の生命財産を守るためにここは決断し行動する、こういう人々が自衛隊に1人もおらず、全員がしっかりカッチリ文民統制されていたら、イザという時にもずっと硬直したままなのではないだろうか。

こんなのは空論だと言われるかもしれない。
じゃあ、阪神大震災はどうだろう。
当時の村山総理は被災地に直ちに自衛隊を送らなかった。自治体の長が要請しなかったとかそんなことは無視して、村山は自分の人生全部をかけ、社会党が崩壊してもかまわないから、法律手続き無視して即行で自衛隊を送るべきだった。家がつぶれ、下敷きになり、火が回ってきて死にかけている人々を自衛隊の技術と勇気と人海戦術で助け出していたら、数百人以上は助かっていたのではないか。水をまくヘリだってすぐに出せたはずだ。

でも、村山は「シビリアンコントロール」でがちがちに縛られていた。多分、思想的に心そのものが縛られていた。
あの時、小泉純一郎が総理だったら、安倍晋三が総理だったら、全然結果は違っていただろう。中曽根康弘でもよかった。
宮沢喜一や菅直人、鳩山由紀夫では危なかっただろうが。ちなみに、小沢一郎なら大丈夫だったと思う。あの頃の小沢なら。

「シビリアンコントロール」は方便だと思う。軍隊を保持していくための方便。こう言わないとマスコミも左翼野党も自衛隊の存在を許してくれない。イザという時はコントロールをひっぱがすが、それは黙っておく。普段はしっかりシビリアンコントロールされておく。それが賢い軍人だろう。

だから、田母神氏は本当に馬鹿だと思う。

でもまあ、これを機に、深い深い議論が行われるならいいかも。そこまで田母神氏が計算していたとしたならたいしたもんだが、パッと見の印象ではあんまりそういうふうには見えないな……。

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カバーイラスト入稿

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『実在ニョーボよしえサン日記』第3巻の表紙イラスト完成。
あとはデザイナーさんにお任せするのみ。
私と感性が合うのか、1,2巻のデザインは文句のつけようのないものだったので、何の心配もしていない。絵を生かしてシンプルにデザインを付け加えてくれる感じがとてもいい。
デザイナーが主張してコテコテにデザインするのはむしろ楽で、シンプルに元の絵を生かすというのが最もセンスを要求されるんだと思う。

『実在ニョーボよしえサン日記』は竹書房関係のデザイン事務所だが、前身の『よしえサン』『よしえサンち』の時代もデザイナーさんがセンス抜群だった。講談社で出した単行本のほとんどは同じデザイン事務所が担当だ。不満なカバーデザインは1個もない。私はデザイナーさんに恵まれてると思う。

『けつちゃん』はまた別のデザイン事務所が担当してくれている。
『けつちゃん』の彩色は、一応、私が大ざっぱな指示を出すものの、基本的に全てデザイナーさんの感性にお任せしている。
ピテカントロプスに掲載されている『けつちゃん』の彩色はこのデザイナーさんの作品と言ってもいい。この方の実力は抜群だ。とにかく私なんかの想像をはるかに超えた画面になる。シンプルで、けっしてこねくり回さず、それでいて実に味わい深くて、あったかさがほかほかと伝わってくる。

単行本ももちろんこのデザイナーさんに担当してもらった。先日、線画を送信したばかりで、どんな仕上がりになるのかワクワクしている。出来上がったら、発売に先がけてまたここでご紹介します。

このデザイナーさんは女性で、個展も開くプロの版画家でもある。仕事の打ち合わせはほとんどメールでやるのだが、文章も元気が良くて、仕事や体調で悩んでいる時に読むとふっと気持ちが楽になって前向きになる。

今回の単行本では中身はカラーではなくグレースケールになってしまう。当初はオールカラーの絵本コミックにする予定だったので、とても残念だ。でも、諸般の事情でしょうがない。担当さんは単行本化に際してものすごく尽力して下さった。いくら感謝しても感謝しきれない。

絵本コミックになったらどんなカバーデザインにするかも打ち合わせていた。
デザイナーさんは、布の素材を用いてけつちゃんそっくりにぷっくりふくらんだヌイグルミみたいな単行本の見本まで作ってきてくれた。
「これをそのまま出せたらいいねー」「でも、コストがものすごいよね。元が取れるかな」なんてみんなで笑いながら話していた。

もし、今回の単行本が思いっきり売れたら、その幻のヌイグルミ単行本も実現するかもしれない。現時点では夢のような話に過ぎないのだけど、作品の中身はそれに値するものだと思っている。

もし……、もし、夢の単行本までこぎ着けられたら、人生で初めて、うれしくて嗚咽するかもしれない。その日を信じて目の前の1つ1つの仕事に全力を注ぎ込みたい。
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気味の悪い「じんけん教」

どうも、いろいろ検索して調べてみたら、吉村氏自体にけっこう問題があることがわかってきた。
http://sankei.jp.msn.com/life/education/080826/edc0808260809004-n1.htm
なんで、こんな思想の持ち主が「マンガ学」部の准教授をやっていられるのだろう?
全然、学問になってないじゃないか。これじゃ、「じんけん教」の布教活動だ。

「人権」思想って、絶対の真理ではない。「人権」というのは、現代社会が作り出した道具だ。
「人権」は信仰するものではなく、社会を安定的に営むために使う方便だ。
お互いの「人権」を認め合うことによって、各自が生きやすくなる、そういう便利な道具として我々が使っているに過ぎない。

けっして、特定の団体とかが錦の御旗のように振りかざして人に押しつけられるようなものではない。ましてや、それで、マンガ表現という日本が生み出した優れた英知をいささかでも制限できるようなものではない。

おかしな思想の市民団体と、おかしな思想の新聞社と、おかしな思想のエセ学者が結託して、マンガ表現という類い稀なる英知を誹謗中傷し弾圧しようとしているとしか思えない。

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マンガは偏見の温床?

SPA!の時事4コマのネタ探しで、あちこちのニュースサイトを閲覧しまくっているのだが、今日はとんでもない記事を読んでしまった。

「マンガ表現の「偏見」知って 中央区で講演」
http://mytown.asahi.com/osaka/news.php?k_id=28000000811040005

取材された吉村准教授はこの記事を読んでどう思っただろう。おそらく激怒しているのではないか。

吉村氏が言いたいのは、「マンガ表現とは現実の記号化である」「「偏見」も記号化されて、典型的なキャラ表現などに使用される」「マンガ表現自体はこれで何か問題があるわけではない」「しかし、これをヒントとして、現実社会にある偏見や差別意識について知ること、考えることができる」ということであろう。

そして、さらに突っ込んで推測してみると、吉村氏は「社会が理想的に偏見や差別意識を廃することができたなら、それはそれで喜ばしいことだが、マンガ表現はキャラに単純な記号的メリハリがつけにくくなって、また新たな表現方法を模索していくことになるかもね」みたいなことを言いたいのかもしれない。その辺をもっと取材したらどうか。面白い記事になるのに。

しかし、なんだ、この記事は。
ちょっと考えれば容易にわかりそうな上記のような脈絡を全く無視したか、それとも本当にわかっていないのか、それこそ偏見に満ちたとんでもない視点で吉村氏の講演を解釈し、マンガに対する誤解を読者に植えつけようとしている。

記事の最後のところで、講演を聞いた市民の「マンガから偏見が刷り込まれるとは驚きました。帰宅したら娘にどう感じるか聞いてみたい」という感想を紹介しているが、この人は明らかに講演の内容を誤解しているじゃないか。
あるいは、一定の方向に向いた思想の人で、この講演は最初から一定の方向でしか解釈する気のない人なのだろう。
それをわざわざ市民の代表的な感想のごとく記事で紹介するのはなぜなのか。この新聞社自体、あるいはこの記事の記者自体が、一定の方向のみを向いてしまっているのだろうか。

私はこの記事を読んで、ある種の怖さ、気味悪さを感じたと正直に感想を述べておく。

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ロキソニンで禿げる?

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肩の痛みでリハビリ通院していることはすでに書いた。もらっている薬はノイロトロピンとロキソニンテープ。あと、胃薬のセルベックス。
それから、こないだ主治医に「夜中に痛みで熟睡できないんです」と告げたら、デパスをくれた。

デパスはあんまり効かなかった。寝つきがよくなるのならうれしいのだが、寝つきは相変わらずで、熟睡もできず、寝起きの時間にどーーんと体が重くなってしまう。胃の調子もおかしくなるし、この、鬱病にも使われる薬は私には合わないようだ。飲むのをやめた。

ノイロトロピンは長期間服用しないと効き目がわからないので、現在、3週間目くらいだが、とにかく続けている。すこーし効いてきたような気がする。日中の疼痛が少し減ってきたからだ。副作用もネットで調べたがほとんどない。これは一応飲み続けようと思う。

私にとって一番問題があったのはロキソニンテープだ。
たしかに貼った直後の効き目はある。はっきりと痛みが減る感覚がある。

しかし、これは重大な副作用では?という症状が現れた。

抜け毛が多くなるのだ。
なんか、頭頂部が薄くなってきたような気がする。いや、気がするじゃなく、本当に減っている。

もう、いい歳だし、元々薄くなってきてるんだけど、この数週間は異常な減り方だ。
怖くなって、ロキソニンテープはやめた。
そして、最近さぼっていた発毛剤を再びつけ始めた。オーストラリアから直輸入した「リゲイン」だ。日本で売られている「リアップ」の2倍の濃度のミノキシジルである。これを毎日2回つけて、しっかり頭皮を揉むこと1週間。

マジで毛量が戻った。(使用前・使用後のデジカメも撮ったんだけど、今はアップする勇気はありません。すいません。)

ロキソニンって抜け毛の副作用があるの?
そういうのは医師からも聞いてないし、ネットでも見たことがない。
でも、念のために「ロキソニン 脱毛」「ロキソニン 抜け毛」「ロキソニン 副作用」などでネット検索してみた。
そしたら、ポツポツあるじゃないか。個人の感想レベルの情報だけどね。

ロキソニンの副作用に「重篤な血行障害がある人は避けたほうがいい」というのがあった。
脱毛って、頭皮や毛根の血行が悪くなって起こるんじゃなかったっけ?
だから、ミノキシジルが効くわけで。
ミノキシジルは元々、心臓病の薬だ。血管が収縮して血圧が上がった時に、血管を広げる降圧剤。頭皮、毛根の血管も広がって血流がスムーズになるので、発毛にも効果がある、とかなんとか聞いたことがある。

つまり、頭髪には血行が大事なわけ。血行障害を促進する?ロキソニンは頭髪の健康に良くなさそうだ。
もし、そうだとしたら、なんでこれがクローズアップされないのか。製薬会社が副作用としてうたわないのか。
やっぱ、売れなくなるからかな。
ロキソニンって、ホントにものすごい数の人が使ってそうだよね。
そして、髪の毛って男はもちろん、女の人もすごく気にする。

ロキソニンで禿げちゃうなんて情報はタブーなのかな?
でも、少なくとも私個人の人体実験では実証された。まあ、私の老化現象かもしれないけど。ミノキシジルが効いただけのことかもしれない。

しかし、薬の情報は医師からとか薬剤師からとか製薬会社からとか以外に、使用者からの生の情報もできるだけ多く知りたい。1つだけを信じるのはダメだけど、ネット全盛の時代だし、いろんな人達の情報が集められるので、いろいろ参考にし、取捨選択していきたい。

ロキソニン錠剤やテープで脱毛が起こった人がおられたらメールで教えて下さい。逆に、全く減ってないよという情報でもいいです。

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「蓬莱泉和」と「臥竜梅ひやおろし」


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名古屋に住んでいながら、地元の酒をあまり飲んでない。
昔は「義侠」や「明眸」などを飲んでいた時期もあった。この2つはまずまずの水準を行っていて、今でも買う気はあるのだが、他のいろんな酒を試してみたいし、どうしてもリピートしたいというレベルにまでは私の好みとしては達していない。

でも、去年あたりから、これはうまいなあと思う酒が見つかった。名古屋市ではなく北設楽郡だが、「蓬莱泉 和 純米吟醸 熟成生酒(1800ml 3,360円)」がかなりいい。名古屋市内のこだわりの酒店なら手に入る確率は高い。ネットでも十分手に入る。

愛知の酒は総じてキレが悪いという印象を持っていた。なんて言うか、宴会で出てくる日本酒っぽいというか、日本酒くさいというか。

でも、この「和」は香り豊かで、鼻にふわっと戻ってきて、甘味が多くてキレも良い。これは造りがしっかりしてるなあと思い、生酒なのに軽く燗して飲んでしまった。案の定、甘味がぐんと増す。
ダメな酒は燗するとクサさがぐんと増すが、造りのいい酒は甘味が増す。

「和」を買ったのは今年に入って3本目。リピートする愛知県の酒は今のところこれだけかな。近年の私がしっかり探してないだけなんだろうけど。(一応、20年前には愛知の蔵の酒で入手可能な銘柄の代表的な商品は全て買って飲んだ。)

似たような存在の酒に、「臥竜梅純米吟醸山田錦ひやおろし(1800ml 2,940円)」というのがある。これは「ひやおろし」なのに生酒だ。「ひやおろし」というのは一般には、冬に仕込んで火入れして、蔵で熟成させて、翌年の秋ごろ市場におろす酒のこと。
でも、「和」も「臥竜梅ひやおろし」も火入れはしないで熟成させ、出荷する。

私はこの方法が日本酒にとってベストのおろしかただと思う。
私が買う日本酒のほとんどは、新酒の生酒を、必死にアンテナ張って、情報収集して、コネも作って、出たらいち早く注文して入手するという形。早く飲みたいというのもあるが、うまい生酒はそうしないと手に入らないから。

でも、作り立ては若くてパワーもあるが、まだ落ち着いていないので舌に触る荒さも残っている。それがいいとも言えるし、この時期の酒はぜひ飲んでおきたいのだが、さらにこれがもっと熟成されて、しかも生のまま、というのが一番飲みたいのだ。

だから、私は気に入った酒は、新酒の時期に1本は余分に買っておいて、自分の冷蔵庫で1年間寝かせてから飲んだりもする。

しかし、蔵できちんと温度管理された生酒にはとうていかなわないだろう。そういうのが飲みたいのだ。
ついでにもっと欲を言えば、生酒のままで20年古酒とか、そういうのも出してほしい。

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羽生名人2連勝

今日は竜王戦の第2局2日目だった。
朝からSPA!の作画仕事だったので、棋譜のネット中継画面はPhotoshopの原稿画像の裏側。
カシン、という駒音がなる度に棋譜と解説コメントを見てしまうので、なかなか作画が進まない。

昼前頃に、きのう原稿が上がった中日新聞「さぼり場」の担当さんからメール。
マンガの中に登場する新聞記者が女性になっているが、この記事の取材をしたのは男性記者なので、できれば男に描き換えてほしいとのこと。
いや、でもこれ、マンガだし。
オチの都合で生徒のキャラは全員男にしたくて、記者まで男だと華がないので女性記者キャラにしたのだが、そもそもマンガの中は架空の世界なので(そうでないと勝手にオチとかつけられない)、そこまで現実に合わす必要はないと思い、抵抗した。
幸い、すぐに理解してもらえたのでよかった。

午後5時半頃、SPA!の原稿が上がる。
メールで送信後、すぐに竜王戦中継サイトの棋譜画面へ。2ちゃんの竜王戦スレも開く。
一方的に負けそうだった渡辺竜王がかなり盛り返していたので、「竜王、かなり盛り返したんじゃね?」とか書いて「書き込む」を押したら、アク禁になってた……_| ̄|○
2ちゃんは、自分と同じプロバイダの人間が荒らし行為をするとプロバイダごとアク禁になってしまう。私はこの1週間以上、何も書き込んでないのに……。今日を楽しみにしてたのに……。

でも、なんかよく見るとスレッド自体が何度も止まったりしていた。どうやら将棋板で実況禁止が急に厳格になったらしい。棋譜をリアルタイムにみんなで検討するのも実況なのか?まあ、サーバーにかかる負担を考えてのことなんだろうけど。

実況板に竜王戦スレが作られていたのでそっちに行く。こっちなら書き込めるかなとちょっとだけ期待したが、やっぱしアク禁状態だった……。

ガッカリしながらもスレと棋譜画面と解説ブログを観賞。
私は渡辺竜王と羽生名人両方の大ファンで、今回の対戦で、自分がよりどっちのファンかがわかると思っていたが、どうやら同じくらいのファン度のようだ。どっちにも負けてほしくない。
でも、第7局まで観たいので、1敗している渡辺竜王にちょっとだけ傾いている。

第2局は結局、竜王の必死の攻めを名人がしのぎきって羽生名人2連勝。このまま一気に4連勝しそうな勢いだ。
羽生さんが永世竜王を取ったら、なんと7大タイトル全部の永世位(王座は名誉王座という称号になる)を獲得ということになり、永世7冠という前人未到の偉業が達成される。竜王戦は挑戦資格を獲得するまでがものすごく難しいので、何とか今期達成してほしいという気持ちもある。

さて、明日はリハビリ通院の日だし、単行本の表紙イラスト作業もあるので、もう寝なくちゃ。
あ、もう1つ文句言いたいことがあったんだった。
竜王戦のテレビ中継は16〜17時だったが、平行して開催されていた囲碁の名人戦が昼過ぎに決着したので、当然、将棋が18時まで延長されるもんだと思ってたら、あっさり17時で終了……。
囲碁の聞き手の万波さんがかわいくて好みだったので10分くらい観ちゃったけど。

将棋のほうの笠井さんも好みなんだよね。顔がちょっとニョーボに似てる。あと、体型がニセカガミモチで服がマタニティウエアに見えちゃうところとか(ジョークです。今日はたまたまそう見えただけだと思います、ええ)。

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